「一人暮らし」

2018年4月23日更新

 八年前自転車と車が接触。四十二メートル宙を飛んだ。大学一年ナルヒコさんは命を取り留めた。奇跡としか思えない。しかし全身の後遺症は大きく車いすでの退院となり、復学も諦め実家へ。両親は「私たちが年を取れば、ひとりになる。その時の準備を始めなければ」と決心され、あの日から五年後東京で働く姉のもとへと向かうことになった。ふらっととの出逢いも始まった。

 五年経ったとはいえ、自力で歩こうと思えばふらつき、気持ちは「ダイジョブ」の一点張り。後遺症の高次脳機能障害ゆえ、十分とじっとしていられない。疲れがたまれば、姉に当たり暴れてしまう。生活費も勢いで使ってしまい気が付けばピンチが来る。それでも聞けばナルヒコさんは「ダイジョウブ」と一笑。

 野球少年で甲子園を目指し人一倍屈託ない人柄で何とか乗り切ろうとした。しかしある時から「俺、どうなるのかなー、実家の方の友達の結婚式に呼ばれてさ、結婚や子どもの話をする奴も居るんだ。俺は結婚できないのかなー焦ってはいないけど…」と言葉を足した。

 焦る中、少しずつ座っていられる時間も伸びた。転ぶ回数も減った。そして姉の結婚からついに一人暮らしがこの春始まる。掃除も洗濯も何もかもひとりの生活。

 「時間だよ!薬飲んだ?」の声はもうない。大丈夫?と聞けば、いつもと同じように「問題ないよ」と返事が返る。しかし「ヘルパーさんいっから」が加わった。電話をすると「今ヘルパーさんと料理中!あとでね」とも。これからも辛いことが沢山あると想像するが、きっと乗り切るはずだ。一人ではないことを知っているから。


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